東日本大震災と福島原発事故から4年が経ちました。ところで今日(11日)の「しんぶん赤旗」の「主張」には、「東日本大震災4年 生活取り戻すまで続く支援を」というタイトルで「亡くなった方と行方不明者が1万8500人にのぼり、岩手、宮城、福島の3県を中心に、東日本に甚大な被害をもたらした2011年の東日本大震災から11日で丸4年を迎えます。いまだに避難生活を続ける人は23万人近くに達し、震災が原因になった「関連死」も3000人を突破しました。被災した東京電力福島第1原発が重大事故を起こした福島県では、事故収束のめども立たず、12万人が県内外で避難生活を送っています。住民はいまも生活と生業(なりわい)を取り戻せていません。すべての住民が生活を再建できるまで公的支援を続けることが重要です。...」と述べていました。また同紙のコラム「潮流」は次のように語っていました。
『「ことしは良い出来なんだ」。カモメ舞う宮城県南三陸町の浜。採りたての深緑鮮やかなワカメを手に久保田俊行さん(65)は顔をほころばせます▼久保田さんと最初に出会ったのは大震災の直後。自宅も船もすべて津波で失いながら「いつか役立つ日がくるはず」と、ガレキだらけの浜に散乱した漁具を仲間の漁師たちと集めていました。グループでの養殖再開を経て、この春から待望の個人での営漁に▼しかし、自宅再建はすすみません。用地整備が遅れ、建て始められるのが2年先、完成は3年先です。暮らす仮設住宅にはカビが発生しています。「父親と母親は92歳と90歳。早く新しい家に住まわせたいんだが…」▼トラック運転手だった石巻市の男性(63)は、津波で両親と兄夫婦が犠牲に。仮設の狭い部屋に大きな仏壇が置かれ、両親の遺影が飾られています。「毎日手を合わせています。でも思い出すとつらいから、家族とも話題にしない」▼震災後、ストレスから白内障を発症。ハンドルを握れなくなりました。これ以上、体を悪くしないためにも災害公営住宅への入居を望みますが、予定は2年先です。復興の要となる住まい再建の大幅な遅れ。耐えに耐えてきた被災者の心と体が悲鳴をあげています▼7回目となる本紙の「被災者300人実態調査」で、健康を害する人が過去最悪です。話を聞きながら、思わず涙をこらえることがたびたびの被災地取材。「被災者に心をよせる」。3・11から4年、その思いをいっそう強く。』