今日の「毎日新聞は、『安保法制:午前2時17分「本案は可決されました」』という見出しで次のように報じていました。記事中に『国会前に集まった市民や野党議員からは「闘いはこれからだ」との声が上がった。』という言葉が出ていましたが、私もまったく同じ思いです。^^v なお、写真は「毎日新聞」にアップされていたものをシェアしました。
『平和国家として歩んできた日本の姿を大きく変える安全保障関連法が19日未明、参院本会議で成立した。その一方で、幅広い市民が公然と政治に異を唱えるようになり、この国の民主主義に新たな可能性も芽生えている。国会前に集まった市民や野党議員からは「闘いはこれからだ」との声が上がった。
「国民の皆様におわびを申し上げます。残念ながらあと数十分もすれば、数の力におごった与党が、この法案を通過させることになるでしょう」。午前0時35分に登壇した民主党の福山哲郎議員は、法案に反対する討論を謝罪から始めた。
午前1時近くになって、議場はざわつき始めた。与党提案の動議で演説が15分間に制限されていたにもかかわらず、福山氏がやめなかったからだ。
「最後ぐらい黙って聞け!」
福山氏が与党席をにらんで怒鳴りつけると、ごう音のような怒号が返ってきた。
騒然とした議場内と対照的に、外の廊下は薄暗く人影は少ない。だが、窓からは、正門前で響く「野党、頑張れーっ」という市民たちのコールと太鼓の音が、絶え間なく流れ込んでいた。
「よって、本案は可決されました」
午前2時17分、山崎正昭議長が宣言した。与党議員からは大きな拍手がわき起こり、野党議員は机をたたいて抗議した。しかし後はいつもの風景だった。議長が退席すると、議員たちは整然と議場を出て行った。
国際政治学者の猪口邦子議員(自民)は満足そうだった。「日米同盟を維持して世界の信頼をつなぎ留める不断の努力が必要な時代なのです」。元陸上自衛隊イラク先遣隊長の佐藤正久議員は「改憲についても議論が進めばいいと思う」と安堵(あんど)の表情だった。
厳しい表情の自民党議員もいた。
7月に「法的安定性は関係ない」と講演で発言して批判を浴び、参院の参考人招致で謝罪した安保法制担当の礒崎陽輔首相補佐官に笑顔はなかった。「反省はしておりますけれども、いろんな人が団結してうまく処理してくれました。ありがとうございました。はい」。そう言って、足早に立ち去った。
参院特別委員会での採決の大混乱を巡り、民主党の筆頭理事として鴻池祥肇委員長(自民)と折衝した北沢俊美元防衛相は疲れた様子だった。「こんな形で成立したのでは、最前線の自衛隊員が不安になる。許し難い」
蓮舫議員は「首相は憲法を踏みにじり、国会で自民、公明両党が追随した。絶対に忘れてはいけない日だ」と厳しい表情を見せた。
参院特別委員会の審議で、自衛隊幹部と米軍幹部との会談記録を暴露して追及した共産党の仁比(にひ)聡平議員は「政治家や官僚任せだった政治や軍事に、市民の皆さんが迫り始めた。今日はスタートラインだ」と語った。
国会前では19日午前0時を過ぎても、人波は消えない。最寄りの地下鉄永田町駅から終電が出る時刻が迫っていたが、正門前にはまだ大勢の市民が歩道に陣取る。劇作家の平田オリザさんが激励に訪れ、「安倍晋三首相を倒すことで一致団結する必要がある。一緒に頑張りましょう」と呼び掛けた。
抗議活動の参加者たちはスマートフォンやタブレットを使って審議の状況をテレビで見守っている。野党議員が反対討論に立てば、「頑張れ」と議事堂に向かって声援を送る。逆に、公明党の議員が登壇した時は「恥を知れっ」と抗議の声を張り上げた。
午前2時17分、参院議長が可決を宣言したが、市民たちは間髪を入れず、一段と大きな声で「採決、撤回!」とコール。さらに「賛成議員を落選させよう!」「選挙に行こう!」と続けた。
「次の試合に勝つしかない。こんなものを許しちゃおけない。この国の主権者は、俺たち一人一人。誰しも当事者だ」。学生団体「SEALDs(シールズ)」のメンバーが力強く訴えると、歓声が上がった。審議を終えた野党の国会議員たちもあいさつした。
午前3時を過ぎると、参加者に疲労の色がにじむ。歩道の暗がりにしゃがみ込む人の姿も見える。
「若い子たちが頑張っているから、年寄りも加勢しないと」。声をからして抗議活動に参加したのは、東京都小平市の岡元太郎さん(52)だ。「(法案審議では)政府側の答弁が説明になっていなかった。法案成立には本当に怒りでいっぱい。裁判所で違憲判決が出るか、反対した人たちの政権ができて廃止されればいい」
江東区の会社員、佐藤美紀さん(44)は「来年は選挙もある。その時に賛成した議員には投票しません。今のことを忘れないことが大事です」と、力強く言った。
東京都東村山市の教員、吉田正さん(35)は「与党の数の力で成立するのは仕方がないと思っていたが(与党で)一人くらい反対してくれるのでは、と希望していたのに……」と残念がった。それでも「これだけの人が深夜に集まった。次の選挙でも、人任せじゃなくて自分たちで声を上げることが定着すればいい」と集まった市民たちの熱気に手応えを感じているようだった。』